美術館に行ってみたものの、
「正直、何を見ればいいのかわからない」
「みんな真剣に見ているのに、自分だけ楽しめていない気がする」
そんなふうに感じたことはありませんか?
実は私も、美術館に通い始めた頃は同じでした。
「知識がないとダメかな」
「ちゃんと理解しないと楽しめないのかな」
といったように考えていた気がします。
でも、何度か足を運ぶうちに、美術館を楽しめない原因は知識不足ではなく、自分の思い込みだったことに気づきました。
本記事では、今や美術館に行くことが趣味の私が、展示を楽しむためにやめたことを紹介します。
美術館の展示を楽しむためにやめたこと5つ
私が美術館で展示を楽しめるようになったのは、美術の知識が増えたから、というわけではありません。
むしろ影響したのは、「こうしなければならない」という鑑賞への思い込みを手放したことです。
どんな「思い込み」を手放したことで美術館巡りを楽しめるようになったのか、5つにまとめて紹介します。
美術館初心者の方こそ意識してほしい内容なので、ぜひ参考にしてみてください。
①「理解しなければいけない」という考え
美術館に慣れていなかった頃は、
- 作品の意味
- 作者の意図
- 歴史的背景
などを理解していないと、楽しめないのだと思っていました。
でも実際に展示室を歩いてみると、すべての作品を理解するのは当たり前ですができません。
解説を読んでもよくわからない作品もありますし、そもそも知識が足りないこともあります。
ですがそんななかでも、不思議と印象に残る作品がありました。
印象に残った作品を振り返ると、私が覚えているのは「理解した作品」よりも「気になった作品」でした。
解説を説明できるほど理解していなくても、
「この絵好きだな」
「なんだか落ち着くな」
と感じた作品の方が記憶に残っています。
今思えば、美術館はテストを受ける場ではないので、作者の意図を正確に答えられなくても、作品を見て自分なりに何かを感じられたら十分だったんです。
作品を理解しようと考えていた頃よりも、今は肩の力が抜けて、気楽に展示を楽しめるようになりました。
②すべての作品を見ようとすること
少し前まで、私は美術館に行ったら展示されている作品をできるだけ全部見ようとしていました。
チケット代を払ったのだから元を取りたいですし、せっかく来たのだからと見落としたくなかったからです。
だから、展示室に入ったら、一つひとつの作品と解説を順番に見て回っていました。
ところが、作品を解説も合わせて全部見ようとすると、かなり疲れて、だんだんと集中力が切れていきました。
気づくと、展示の後半は「ちゃんと見ている」のではなく、「とりあえず通過している」状態になっていたこともあります。
そういうときは、帰宅後に振り返っても、全部見たはずなのに覚えている作品はそれほど多くありませんでした。
印象に残っているのは、長く立ち止まった数作品だけです。
そうなっては逆にもったいないので、今はすべての作品を平等に見ようとするのはやめています。
- 遠くから見て気になった作品に近づいてみる
- なんとなく惹かれた作品があれば少し長く眺める
- あまり興味を持てなかった作品は無理に時間をかけない
こういった見方をした方が満足感があります。
あとで、
「この作品好きだったな」
「あの絵はなぜか気になったな」
と振り返れることが、私にとっては豊かな鑑賞体験になりました。
③解説を先に読む
作品を見るとき、まず解説を先に読んでいた時期がありました。
作者の名前や制作された時代、作品に込められた意味を知らないと、正しく鑑賞できないような気がしていたからです。
ところが、この見方をしていると「解説は読んだのに肝心の作品をあまり見ていなかった」という状態に陥りやすいことに気がつきました。
視線は説明文と作品を行ったり来たりしているのに、自分がどう感じたのかはほとんど覚えていなかったのです。
そこで最近は、まずは作品だけを眺めるようにしています。
数秒でもいいので、「自分はどう感じるのか」を考えながら見てみる。
そのあとで解説を読むようになりました。
この順番で見る方が楽しくて、
「私は明るい印象を受けたけど、作者はこんな思いで描いていたんだ」
「穏やかな作品だと思ったら、意外な背景があった」
といった発見があります。
最初から答えを読むのではなく、自分なりの予想や感情を持ってから答え合わせをする感覚に楽しさを覚えます。
④良い感想を持とうとすること
昔は、作品を見るたびに「ちゃんとした感想を持たなければ」と思っていました。
「芸術に詳しい人ならどんなことを考えるのだろう」
「自分はこの作品の良さを理解できているのだろうか」
こんな感じのことを気にしていました。
でも実際、作品を見ても立派な感想なんてなかなか出てきません。
「すごい」
「きれい」
「なんか気になる」
みたいな、語彙力のない曖昧な感想ばかり浮かんできます。
それなのに、もっと深いことを考えなければいけない気がして、自分の感じたことを否定していたように思います。
今思うと、その頃は作品を見ることより、自分の感想の出来栄えを気にしていたのです。
ですが今は、どんな感想でもまずは受け止めるようにしています。
「この色が好き」
「なんだか落ち着く」
「少し怖い」
「部屋に飾りたい」
そんな一言でも十分だと思うようになりました。
同じ作品を見ても、人によって感じ方が違うからこそ、自分が何を感じたのかが大切なのだと思います。
感想の良し悪しではなく、自分の心が少しでも動いたかどうか。
今はそちらの方が気になるようになりました。
⑤「わからない」を悪いことだと思うこと
美術作品は、見てもよくわからないことがたくさんあります。
特に、現代アートや抽象画は、「何を表現しているんだろう?」と首を傾げることばかりです。
そのたびに、自分は鑑賞の仕方が間違っているのではないか、センスがないんじゃないかと思っていました。
周りの人が真剣な表情で作品を見ていると、解説を読んでもピンと来ない自分は置いていかれているような気がして、少し焦ることもありました。
「何かを感じ取らなければ」
「理解しなければ」
と力が入っていたんです。
ですがあるとき気づいたのは、好きだと思えた作品でも、理由をうまく説明するのは難しいということ。
「なぜ好きなの?」
と聞かれても、
「なんとなく」
としか答えられないなんてことも。
でも、その作品が気になったことは事実です。
それからは、「わからない」で終わってもいいと思うようになりました。
それでむしろ、
「なぜわからないんだろう」
「なぜ違和感が残るんだろう」
と考えるきっかけになることもあります。
すぐに答えが出ないからこそ、あとから思い返したり、調べたりすることもありました。
「わからない」も無駄にはならないと思えたことで、より美術鑑賞を楽に楽しめるようになったと思います。
まとめ|美術館は理解よりも「感じる場所」
美術館を楽しむために、私がやめたことは次の5つです。
- 理解しなければいけないと思うこと
- すべての作品を見ようとすること
- 解説を先に読むこと
- 良い感想を持とうとすること
- 「わからない」を悪いことだと思うこと
振り返ってみると、どれも「ちゃんと鑑賞しなければ」という思い込みから生まれていたように思います。
でも実際には、
- 作品の意味を説明できなくてもいい
- 感想が一言しか浮かばなくてもいい
- わからない作品があってもいい
そう考えられるようになってから、美術館はずっと気楽で楽しい場所になりました。
作品を「どれだけ理解できたか」よりも、「自分が何を感じたか」の方を重視して、正しい鑑賞方法を探すのではなく、自分が気になった作品との出会いの方を楽しんでみてください。
きっとその方が、美術館がもっと身近で面白い場所になると思います。
